数理と社会 --- 身近な数学でリフレッシュ

高校生の頃(30数年前)と比べると教科書は明らかにやさしくなっている. 色彩が豊かで写真やイラストも多い. あの頃にこんな教科書があったらもっと楽しく気楽に数学を勉強できたのにと正直に思う. しかし教科書は生徒の学力に合わせて書かれているので, 今の生徒が楽しく気楽に数学を勉強しているわけではない. 昔と同じように数学に苦労している.してみるとこの30年間, 数学教育は負の螺旋階段を登り続けている. 登り続けること,数学に接し考え続けることは肝心である. どんな形でもよいから高校の3 年間, 大学そして社会生活の中で継続して数学に触れることが重要である. そのような環境を作ることの本質は教授内容と教授方法にあると思う.

大学初年度の数学の講義は,理工系だと『微積分』と『線形代数』から始まる. 学生は高校で数III, Cまで勉強しているので何とか同じスタートラインである. ところが文系だとそうはいかない.受験科目に数学I, II, A, Bを課していれば問題はないが, そうでないと数学I, Aだけ,一年間しか履修していない学生もいる. その結果,数学は選択科目となり, 内容も『教養の数学』などが定番となる.これでは大いに困る. 文系の学生でも各種の数理モデルを理解するぐらいの知識を身につけて欲しい. ここでもそのための教授内容と教授方法が問われている.

ところで理系と文系と言うと, いかにも理系の生徒が文系の生徒に比べて数学に強いとの印象がある. 30年前は確かにそうであった.しかし現在は上位の3割ぐらいを除けば, それぼど差は大きくないのではないか. とくに考えない学生という視点では理系も文系も同じである. さらには理系の学生の中での信じがたい事例がその僅差を物語っている. sin(x+y)=sin x + sin yとかsinx/x = sinと計算する学生, 3年生で定義と定理の区別ができない学生,修士2年生で 「先生,修士論文のテーマ決まりましたか?」と質問する学生などなどきりがない. 学会などで同僚と情報交換するのが楽しくなるくらいである. だんだんと現実が浮かび上がってきた. 要するに理系も文系も関係なく, 数学を楽しく勉強する環境がきわめて少ないのである. また的外れの数学を勉強している学生も大勢いる. このように数学の教授内容と教授方法が問われる中で, 『数理と社会』という科目を大学初年度に設置した. 数学に楽しく接し,考えることを目的とした講義であり, 本書はそのテキストである.主たる受講生は文系の学生であるが, 理系の学生も十分に楽しめる. できれば高校生や社会人にも読んでもらいたい. 多くのテーマは社会と接点がある数学なので, 数学に限らず,背景にある社会問題も大いに議論してもらいたい.

映画に関する話題がしばしば登場する.単に著者の好みだが, 映画も注意深く観ると結構,数学が関わっていることに気づく.

慶應義塾大学総合政策学部

河添 健