まえがき
微分方程式は,数学・物理学をはじめ自然科学における基本的な表現形式である.微分は変化を記述する手段であったので,様相の変化を調べる自然科学において微分方程式が現れるのはごく自然なことである. 本書は,大学初年級の微分積分・線形代数を学んだ読者が,微分方程式についての基礎的な事柄とその理論全体のイメージを身につけるためのガイドブックとなることを目指して書かれた.まず,微分方程式の基礎的事項として重要と思われる内容はすべて載せることとした.ただしそれぞれの内容についてはなるべくエッセンスを伝えるように工夫し,分量が多くなることを避けて,理論の全貌が把握しやすいような記述を心掛けている.同時に,かなり特殊な事項でも,それが本質的で重要と思われる場合には取り上げた.その際には単に結果を述べるのではなく,その発想・アイデアを明らかにすることで,一般の場合を考える手がかりを与えたつもりである. さらに実用性を重視し,微分方程式の解き方や,解が具体的に求まらない場合の解の性質の調べ方について,明確なイメージが獲得できるよう内容を精選した. 本書の特徴を,このような方針と対応させながらいくつか挙げよう. 理論的に筋道の通った説明をするためには基礎理論である第4章の内容から始めるべきであろうが,まず微分方程式というものに慣れてもらうため,求積法と線形微分方程式の理論を前に持ってきた. 微分方程式の解を求めるテクニックは膨大にある. 本書では,第2章の求積法,第3章の線形微分方程式および第5章の級数による解法のところで,それぞれのテクニックについて網羅的になることを避けながら本質的な部分を解説した.とくに級数による解法は,ふつうは複素領域における微分方程式の理論の中で触れられる内容だが,解法のテクニックとしても非常に有用なので盛り込むこととした. また第4章で扱う諸定理,とくに比較定理は,解の性質を調べる手段としても重要である.どの場面でどのテクニックを適用すればよいかという判断力も身につけることで,応用上十分な力がつくであろう. 少し特殊な内容として,ロンスキアンを用いた微分方程式の作り方,ベッセルの微分方程式の確定特異点における特性指数に整数差がある場合の解の構成法を取り上げた.これらは類書ではあまり触れられていないように思われるが,いずれも重要な事項であり,身につける価値があると考えたためである. 最後の第6章では,それまで学んできたことの集大成として,太鼓の音の解析を行った.身近な現象が,微分方程式の理論により明快に説明されるということを体験していただきたい. 本書を通して,微分方程式の威力と魅力を感じていただければ幸いである. 2006年2月 原岡喜重