小平邦彦


人と数学

日本数学会編
A5判・上製・380頁+口絵4頁・4500円+税

日本人初のフィールズ賞受賞者にして、20世紀数学界における巨人の 一人である小平邦彦生誕100年記念出版。小平博士自身による、雑誌 などに掲載された文章、座談会などを収録。また、深い影響を受けた 数学者による、その人となり、思い出、そして、小平数学の様々な 角度からの解説を収めた。

まえがき

 小平邦彦博士(1915-1997)は二十世紀数学界における巨人の一人である.明治 時代に導入された近代数学がアジアの東端の島国である日本に根付き,真に独創的 研究が出現するまでには40年という長い年月を要したが,高木貞治(1875-1960) の類体論および岡潔(1901-1978)の多変数関数論という二つの峰を生み出したのち, 第二次世界大戦末期に至ると,日本数学はついに峨々たる山脈にまで成長する. その山脈の先頭に聳えたつ高峰が小平博士の複素多様体論であり,また伊藤清博士 (1915-2008)の確率解析であった.

 常微分方程式論に始まった小平博士の数学研究は,その後ワイルのリーマン面 理論を一般次元に拡張する複素多様体論の構築へと進んだ. 1949年の渡米を機に 博士の複素多様体論は,複素関数論やヒルベルト空間論といった解析理論と層係 数コホモロジー理論とを融合することによって大きく開花した.博士の膨大な業 績は,調和解析理論,複素構造の変形理論,曲面の分類理論を3本の柱としてお り,3巻 1621ページからなる論文集に収められている.消滅定理をはじめとする 調和解析理論への貢献が認められ,1954年,博士は東洋人として初のフィールズ 賞受賞者となった.さらには1957年文化勲章,1975年変形理論と曲面理論への 貢献に対して藤原賞,1986年複素多様体理論の構築によりウルフ賞を受賞し,研 究者としての名声をほしいままにした.

 1967年に帰国し東京大学教授に就任すると,博士は教育者としても日本の数学 に大きく貢献することになる.博士の研究に影響を受け,また直接の指導を仰い だ数多くの数学者たちは東京を中心に「小平学派」を形成し,永田雅宜博士が指 導する「京都学派」とともに.日本を代数幾何・複素多様体論の一大中心地に押 し上げた.また東京大学を定年退官した 1975年以後,博士は教科書や啓蒙書の 執筆を通じて初等中等教育について積極的な発言を行うとともに,味わい深い回 想録やエッセイ集を出版した.

 小平博士の生誕 100年を期して編まれた本書は,博士自身による文章・対談と, 博士の弟子や先生の数学から深い影響を受けた方々が執筆し,博士の数学を様々 な角度から解説した多彩な記事を収める.本書が小平博士が残した数学的遺産を 振り返るよすがとなり,ひいては日本の数学の発展に多少なりとも資することが できたとしたら,編者として幸せこれに過ぎるものはない.

2015年 1月 1日
                    小平邦彦生誕百年記念実行委員会

目次

世紀を超える数学――小平邦彦の数学  上野健爾


・第I部 小平邦彦――数学を語る

数学の印象
ノートを作りながら
回顧と……
一数学者の妄想
数学教育を現代化の呪縛から解放せよ
科学・技術と人類の進歩について
数学の不思議
発見の心理と平面幾何
難しくなった数学
プリンストンの思い出
複素数の不思議
原則を忘れた初等・中等教育――何のため,そして誰のために急ぐのか
ヘルマン・ワイル先生
スペンサー教授
[講演]数学の不思議
[講演]数学まなびはじめ
昔の国際数学者会議


・第II部 小平邦彦――ともに語る

[同級生交歓]小平邦彦博士17年ぶりの里帰り  河田敬義/古屋 茂/小平邦彦

[座談会]小平教授と若い数学者たち  河井壮一/小平邦彦/諏訪立雄/飯高 茂

[座談会]初等数学よ大らかであれ  小平邦彦/前原昭二/藤田 宏


・第III部 小平邦彦――思い出

多様体の厳父  飯高 茂

東大・物理の学生のころの小平邦彦  木下是雄

美しい人がまた一人この世を去った  広中平祐

Personal Reminiscences of Professor Kodaira  Walter L.Baily,Jr.

小平邦彦氏を悼む  マイケル・F.アティヤ

小平邦彦:数学者,わが友人,わが師  F.ヒルツェブルフ

小平先生の思い出  井草凖一

小平先生の思い出  塩田徹治

小平先生から学んだこと  飯高 茂/藤原正彦/宮岡洋一


・第IV部 小平邦彦――その数学

小平先生の数学  辻 元

フィールズ賞物語――小平邦彦  彌永昌吉

複素多様体論あるいは小平数学における超越的方法  深谷賢治

モジュライと変形理論  中村 郁

楕円曲面,この豊かなるもの   浪川幸彦

[コラム]K3曲面の名前の由来  浪川幸彦

小平の見出した新しい曲面とその後――非代数的曲面の発展  加藤昌英

曲面の分類理論とその高次元化  宮岡洋一