求積法のさきにあるもの
――微分方程式は解ける

磯崎洋 著
A5判・並製・192頁・2300円+税

微分方程式の初等的解法である求積法を学んだ後に、密接に関連した 話題である1階偏微分方程式の解説へと進める。その後、解析力学、 波の問題である光学とシュレディンガー方程式へと進む。
微分の考え方を身につけ微分方程式が解けることを目標とする。

まえがき

はしがき

 微分方程式は自然科学のあらゆる分野で使われる数学の技で, 身につけるべ き必須の科目となっています. 現在の標準的な教科書は最初に変数分離型など の簡単な求積法(初等解法)を述べ,それから定数係数連立線形方程式へと進み ます.これは1変数の微積分と線形代数を習ったあとの科目として設定されて いることが多い,という事情によるのでしょう. しかしこれでいいのだろうか, という疑問を前から感じていました.

 常微分方程式に密接に関連した話題として1階偏微分方程式があります. こ れは多変数の微積分学, 初歩的な幾何学を土台とし古典力学の理論的背景とな る微積分学のもっともおもしろい分野で, そこで展開されている考え方は基本 知識とされていて現在でも実際の問題に広く応用されています.昔の微分方程 式の本は求積法の後で1階偏微分方程式に進むものが多かったようです. しか し1階偏微分方程式は現在の多くの大学のカリキュラムには入っておらず, ほ とんどの人はそれを学ぶ機会がないというのが実情だろうと思います.時間の 都合がありますし,また多変数の微積分学に慣れていない段階では学ぶのが難 しいからです.しかしそれはあまりにもったいないのです.

 微積分や1階偏微分方程式,古典力学ではある記号を使いこなせば随分理解 が深まります.それがこの本の主人公である d という記号です.初めて習うと きには関数 y(x) の導関数 dy/dx はこれで一体の記号であり, 分母 dx と分子 dy に分離しないようにするはずです. また積分するときに ∫f(x)dx と書きま すが, dx はこのように ∫…dxという形に使うべきもので, それ自身では意味 を持たないもののはずでした. この記号はライプニッツが発明したものですが, 彼自身はこれに独立した意味を持たせていたようです.この記号は微分とよばれ て意味の曖昧さを含みながら使われ続けてきましたが, 20世紀になって微分 形式として正確な定義が与えられました.この本では微分の考え方を身につけ て微分方程式を解くのに役立てることを目標とします.数学では良い記号が理 解を大きく助けることがありますがこれはその重要な例です.

 第1章は求積法の解説が主題です. 変数分離型を学んだあと, 平面内の曲線 と思ったときの微分方程式について考えます. 第2章は1階偏微分方程式の 解法が主題です.常微分方程式に帰着させるのですが,背後にある幾何学的な 概念が重要です.そのときに微積分学の登場以来曖昧に用いられてきた微分の 記号が重要な役割を果たしていることが分かります. 第3章の解析力学では, ニュートン以来発展してきた古典力学の数学的実体である常微分方程式が 1階 偏微分方程式と密接に結びついたものである, ということが主題です. 第 4章では1階偏微分方程式や古典力学の考え方が実際の問題に応用されている例と して波の問題をあげました. 光学とシュレーディンガー方程式です.古典物理 学や量子物理学における波の伝播を考えるのに古典力学は重要な役割を果たし ています.

 読者として想定しているのは大学1年次で習う微積分・線形代数の初歩の知 識を持っている人です. したがって計算に関しては1変数関数の積分の変数変 換,部分積分,さらに2変数の関数の偏微分程度のことを理解しておれば読め るように工夫しました. 線形代数についてはベクトル空間, 一次独立,基底,行 列式,ランクを知っていれば十分です. もっとも完全に理解していなくてもか まいません.教科書を座右において,必要に応じてそれを参照しながらこの本 を読んでいけばいいのです.大事なのは

  合成関数の微分ができること, 陰関数, 逆関数の定理が使えること

です.これは多くの人にとっては不慣れでありながら上の問題では頻繁に使わ れる多変数の微積分の基本的知識です.この本はそこをなるべくやさしく説明 するように努めました.陰関数定理や逆関数定理は本文の中で説明します. こ れらは使いながら意味を理解し, それから詳しい条件等を吟味するのがいいと 思います.この本では数学用語をあまり使わないように努め必要に応じて導入 するようにしました.むしろどのように計算するのか,ということを詳しく書 いています. 1階偏微分方程式や力学では理論よりも計算の仕方が分からなく なってつまずくことが多いからです. 最低限の知識として, Rは実数全体, C は複素数全体, R^nは x=(x_1,…,x_n),x_i∈R,という点の全体です.この本 では(一つの例を除いて)つねに無限回微分可能な関数を考えます. 第3章ま では実数値関数のみを考えます. その定義域は特に指定しないことにします. R^n全体と思ってよいし, 球や立方体の内部としてもよいのです.
数学を学ぶもっともよい方法は対話です. 疑問があったら小さく分解して少 しずつ理解していけば自然に身につきます. ちょっとした説明を元にして自分 なりに数式を動かしているうちに次第に理解し始めるものだと思います.その ため何人かの人物の対話としてこの本を書くことにしました.数学を学び直す 必要を痛感しつつもなかなか機会を得られないエンジニアのAさん,物理専攻 の学生で数学はよく使うものの基本的なことを教わらないので不安を覚えてい るBさん,数学専攻の学生で定理, 証明という話をたくさん聴いていても実際 にそれらを使ったことがないCさん…です. この人たちがZ先生と一緒に 数学の勉強会をしている,と想像してください.会話を聞きながら一つ一つ自 問自答してみてください.急いで進まずに小さい疑問に立ち止まることが大切 です.途中になるべく具体的な計算問題を置きました. 基本的なことだけで分 かる証明の問題もいれてあります. ぜひ解いてみてください.解けなくてもか まいません.解答を見て理解できればそれでいいのです. 第3, 4章では演習問 題がほとんどありません. 本文の対話を見ながら自分で計算してみてください. それがいい演習問題になります.

 書斎に端座して重厚な書物を紐解く─あこがれているのですが, 夢のまた夢 です.むしろ小さな機会があるごとにポケットから文庫本を取り出して少し読 んでは考える─そんなことを積み重ねているのが実情ではないでしょうか? チョコレートでも齧るように少しずつ学んでいく─そんな数学の本になってお れば望外の喜びなのですが.

 2014年9月7日
                               磯崎 洋

目次

第1章 こう計算するのか

1.1 出発点は変数分離型
1.2 不思議な記号 d
1.3 微分には括弧をつけて
1.4 曲線と微分方程式は同じもの
1.5 完全微分型方程式
1.6 積分因子を見つければ
1.7 積分因子は存在する
1.8 常微分方程式と偏微分方程式が同値だなんて
1.9 包絡線と微分方程式

第2章 1階偏微分方程式

2.1 曲線を表す微分方程式系
2.2 曲面を表す微分方程式系
2.3 接空間
2.4 第一積分
2.5 線形初期値問題
2.6 準線形方程式
2.7 包絡面
2.8 特性方程式
2.9 成帯条件
2.10 非線形初期値問題
2.11 ハミルトンヤコビの理論
2.12 2体問題
2.13 変数分離

第3章 解析力学入門

3.1 微分形式
3.2 微分形式と接ベクトル場
3.3 共変ベクトルと反変ベクトル
3.4 ベクトルの外積
3.5 微分形式の演算
3.6 微分形式の積分
3.7 相空間
3.8 正準変換
3.9 母関数
3.10 アイコナール方程式
3.11 ラグランジュ形式
3.12 変分法

第4章 波の伝播とハミルトン-ヤコビ理論

4.1 波動方程式の漸近解
4.2 波の反射
4.3 波の屈折
4.4 ホイゲンスの原理
4.5 マックスウェルの魚の眼
4.6 シュレーディンガー方程式
4.7 半古典近似
4.8 経路積分