安藤哲哉 著
A5判・上製・540頁・7200円+税
日本人初のフィールズ賞受賞者小平邦彦先生をはじめ多くの日本人数学者が貢献した複素代数幾何学への定評ある入門書第2版.
分かりやすさを目指して大幅な書き換えや加筆を行い,より完成度を高めた.
まえがき
まえがき
代数幾何学の日本語の教科書は,すでにかなりたくさん出版されていて,本格的
な専門書から,啓蒙的な入門書までバラエティーに富んでいる.しかし,平均的な
学生を対象とした4年生のセミナーで利用するのに適切なものとなると,あるもの
は難しすぎ,あるものは解説されている内容が乏しく,必ずしも意に叶うものがな
かった.本書は,最小限の基礎知識で,代数曲線論と代数曲面論の初歩が学習でき,
かつ,大学院に進学して研究を続けようとする学生にとっても十分な知識が習得で
きるような教科書を目指して執筆した.そのために,今までの教科書にないアイデ
アをいろいろ工夫して,簡潔かつ平易ではあるが,最終的到達目標は極力落とさな
いように,全体的な系統を構成し直してみた.
本書では,複素代数曲線と複素代数曲面を理解することを目標にして,複素代数
多様体論を展開する.最近の代数幾何学は抽象化が極度に進んでいて,初学者には
最初のハードルが高い.特に,代数幾何の最初の段階で,スキーム,位相空間上の
層,単射的分解を利用した層係数コホモロジーを学習するのは困難で,代数多様体
の定義にたどりつく前に挫折してしまう学生が少なくない.そこで,本書では,あ
えて,小平邦彦氏の時代の少し古典的な理論体系に戻って,スキームを使わないで
代数多様体論を展開し,単射的分解のかわりにチェック・コホモロジーで層係数コホ
モロジー論を展開した.また,向井茂氏のアイデアを借用して,層の範囲を限定し
た簡易層というものを使い,導入段階での諸定理の証明を簡略化・平易化した.
第1〜3章は代数曲線論に特化して,難しい一般論はすべて後の章に回した.第1
章では,代数曲線がどういうものなのか,できるだけ平易な例を中心にして解説し
た.仮定する基礎知識としては,多変数の微積分,位相空間の初歩的知識,群・環・
体・加群のごく入門的知識にとどめた.そして,第2章で代数多様体の一般論の最
小限の知識を解説した後,第3章で,代数曲線論を展開する.この部分は,真面目
な学生が読めば,必ず理解できるように記述するように努めた.層とコホモロジー
の理論も曲線論用に大幅に平易化して説明した.つまり,層の一般論は難解なので,
そのかわりに簡易層とチェック・コホモロジーを用い,コホモロジーの計算から抽象
性を排除し,できるだけ具体的に計算できるものにした.しかし,代数曲線論のか
なり詳細な話題まで解説したつもりである.
なお,第2〜3章の中で,.印のついた証明は,少し難しいので,可換環論に慣れ
ていない人は証明を飛ばして,とりあえず,第3章の終わりまで読み進めてもらう
とよい.
第4〜5章では,すこしレベルアップして,曲面論を学習するのに必要な,層・コ
ホモロジー・因子の理論を補充したあと,代数曲面論の代数的部分を解説する.解説
されている内容自体がそれほど簡単な話題ではないので,前の章よりは難しくなっ
ているが,既存の教科書よりは,できるだけ平易に説明をしたつもりである.
第5章までは,あまり基礎知識を仮定しなかったが,第6章からは,代数学や多
様体論について,ある程度の基礎的な知識があることを仮定している.第6章では,
複素代数曲面を研究するのに必要な,位相的方法と解析的方法を要約して説明した.
この部分は,位相幾何学・微分位相幾何学・複素多様体論などからのいろいろな知識
の紹介なので,証明はほとんど割愛した.
第7章は,かなり本格的な代数曲面論である.有理曲面,線織面,K3曲面,エン
リッケス曲面,楕円曲面,一般型曲面などについて,一通りの基礎知識を概説した.
難解な証明も割愛せずに紹介したので,この章だけは易しくない.
本書は,代数曲線論と代数曲面論の概要を速習することを目指したので,いろい
ろな定理を網羅的に紹介するのはあきらめ,代数曲線論と代数曲面論を展開するの
に最小限の知識だけを説明した.もし,読者が代数幾何の本格的な研究を始めたい
なら,本書で割愛した知識を補充するために,本書を読破した後に,[Ha],[G-H]等
の,詳細な文献に目を通すことをお薦めする.
最後に,変な忠告であるが,代数幾何学は結構難しく,正しい証明をしたつもりで
も,致命的な欠陥が潜んでいることがしばしばある.専門論文にとどまらず,代数
幾何の教科書においてすら,誤植などの初歩的誤りにとどまらず,定理の主張や証
明が根本的に間違っているというような深刻な誤りが散見される.しかも,時には,
その証明は正しく見え,それが間違いであることを発見するのが,非常に困難なこ
とがある.代数幾何を勉強しようとされる方は,活字で書かれていることを頭から
鵜呑みにするのではなく,つねに自分の頭で書かれている内容を精査するように心
がけてほしい.また,そういう間違いに目くじらを立てるのではなく,広い心を持っ
て,陥り易い間違いがどこにあるのか知る勉強だと思って,読んでほしい.もし,将
来,代数幾何の専門論文を読む場合にも,誤りを含む論文が決して少なくないので,
内容を吟味せずに引用することは禁物である.ただし,間違っている論文でも,有
用なアイデアがいろいろ含まれていることが多く,それはそれで有用である.
2006年11月 著者
●第2版の序
本書は一般的な大学の数学科の4年生のセミナーや授業の教科書に利用できるこ
とを目標に執筆したが,実際に利用してみると,初版には初学者には難しい箇所も
多く,改善すべき点が多く見つかった.そこで,全体的に大幅な書き換えや加筆を行
い,より完成度の高い版を提供することにした.
第2版では,解説が不十分な箇所には説明を追加し,説明し落としていた用語や定
理などを書き足した.また,多くの定理や命題の証明を書き換え,証明の中で,初
学者が理解するのに苦しむ部分を丁寧に分かり易く書き直した.第6章・第7章も,
初版の序に書いた方針を変更して,初学者でも努力すれば無理なく読めるように努
力した.
旧版からの変更に際して,セミナー等での利用の便を考えて,旧版の定義・定理
等の番号は変更しないことにしたので,追加した定理等には,「命題2.1.8b」,「例
2.1.8c」のような番号が付されている.ただし,節末に追加した定理等には通常の番
号が付されている(例えば,第2.4節の定義2.4.20以降).また,旧版の記述を大幅
に変更した定理については,「定理2.1.8a」のような番号がついている.ただし,証
明のみを書き直した場合には,旧版のままの番号になっている.
本質的変更として,簡易層の定義を変更して,連接な簡易層とそうでない簡易層
の概念を分離した.
多くの加筆を行った結果,新装版よりかなりページ数が増加したが,旧版より読
みやすくなっていると思う.
2014年1月 著者
*正誤表は安藤哲哉のホームページに掲載されています.
目次
目次
目次
第1章 平面上の代数曲線
1.1.代数曲線の複素化と射影化
1.1.1実平面上の代数曲線の複素化
1.1.2射影平面
1.1.3曲線の射影化
1.1.4射影化のコンパクト性
1.1.5射影平面における2直線の交点
1.1.6射影変換
1.1.7射影平面のアフィン開被覆
1.1.8座標変換
1.1.9射影直線
1.1.10射影直線と2次曲線
1.1.11曲線の接線
1.1.12曲線の特異点
1.1.13代数的な接線
1.1.14 3次曲線とワイエルシュトラス P-関数
1.2.代数曲線の座標環
1.2.1平面上の代数曲線の座標環
1.2.2 C[X,Y]の極大イデアル
1.2.3座標環の極大イデアル
1.2.4曲線上の正則関数
1.2.5平面曲線上の有理関数
1.2.6既約成分への分解
第2章 代数多様体
2.1.アフィン代数多様体
2.1.1アフィン代数多様体の定義
2.1.2ネーター環
2.1.3ヒルベルトの零点定理
2.1.4正則関数と有理関数
2.1.5有理関数の極と零点
2.1.6アフィン代数多様体の閉部分多様体
2.1.7ザリスキー位相
2.1.8アフィン代数多様体の間の正則写像
2.1.9アフィン開集合
2.1.10座標環から定まるアフィン代数多様体
2.1.11準素イデアル分解
2.1.12次元
2.2.局所環と関数体
2.2.1局所環
2.2.2整拡大と代数的拡大
2.2.3関数体の超越次数と次元
2.2.4有限写像
2.3.射影代数多様体
2.3.1直和と直積
2.3.2次数付き環
2.3.3射影代数多様体
2.3.4超曲面
2.4.代数多様体
2.4.1代数多様体の定義
2.4.2代数多様体の局所環
2.4.3構造層
2.4.4代数多様体の正則写像
2.5.代数多様体の局所的構造
2.5.1正則局所環と特異点
2.5.2ザリスキー接空間
2.5.3局所座標系
2.5.4テーラー展開
2.5.5代数曲線の関数体
2.6.直積代数多様体
2.6.1アフィン多様体の直積
2.6.2射影多様体の直積
第3章 代数曲線論
3.1.曲線上の微分形式
3.1.1複素数平面上の微分形式
3.1.2代数曲線上の微分形式
3.1.3代数曲線上の有理関数の極と零点
3.1.4代数曲線上の有理微分形式の極と零点
3.1.5代数曲線上の有理微分形式の留数
3.2.曲線上の因子
3.2.1代数曲線上の因子
3.2.2標準因子
3.2.3因子が定める関数空間
3.3.曲線のチェック・コホモロジー
3.3.1簡易層
3.3.2簡易層の準同型写像
3.3.3チェック・コホモロジーの定義
3.3.4曲線のチェック・コホモロジー
3.4.曲線上のリーマン・ロッホの定理
3.4.1リーマン・ロッホの定理
3.4.2曲線のセールの双対定理
3.4.3平面曲線の種数
3.5.非特異射影曲線の分類
3.5.1フルビッツの定理
3.5.2非特異有理曲線
3.5.3因子による埋めこみ
3.6.楕円曲線
3.6.1楕円曲線
3.6.2アーベル多様体
3.6.3加法群としての3次曲線
3.6.4楕円曲線の自己同型群
3.7.一般型曲線
3.7.1ワイエルシュトラス点
3.7.2超楕円曲線
3.7.3一般型曲線の性質
3.7.4完備非特異曲線
第4章 コホモロジー・因子・正規化
4.1.チェック・コホモロジー続論
4.1.1被覆の細分
4.1.2コホモロジーが被覆に依存しないこと
4.1.3蛇の補題
4.1.4コホモロジー完全系列
4.1.5グロタンディークの消滅定理
4.2.非特異多様体上の因子
4.2.1因子
4.2.2完備線形系
4.2.3有理写像
4.2.4因子が定める有理写像
4.2.5アンプル因子
4.2.6射影空間のコホモロジー
4.2.7ベルティニの定理
4.2.8因子の引き戻し
4.2.9コホモロジーの有限性
4.3.微分形式
4.3.1 R_n上の微分形式
4.3.2代数多様体上の微分形式
4.3.3標準因子
4.3.4射影平面上の曲線の種数
4.4.代数曲線の正規化
4.4.1正規環
4.4.2代数多様体の正規化
4.4.3 1次元正規環
4.4.4整閉整域の性質
第5章 代数曲面の初等的性質
5.1.交点理論
5.1.1相異なる 2曲線の交点数
5.1.2因子の交点数
5.1.3ベズーの定理
5.1.4ファイバー
5.1.5 P^1 × P^1上の因子
5.2.ブロー・アップ
5.2.1 C^nのブロー・アップ
5.2.2アフィン代数多様体のブロー・アップ
5.2.3代数多様体のブロー・アップ
5.3.正規化
5.3.1セールの正規性判定法
5.3.2正規多様体の特異点と不確定点
5.3.3シュタイン分解
5.3.4射影公式
5.3.5ブロー・アップと交点数
5.3.6ブロー・アップとコホモロジー
5.4.曲面のリーマン・ロッホの定理
5.4.1セールの定理
5.4.2リーマン・ロッホの定理
5.4.3セールの双対定理
5.4.4ホッジの指数定理
5.4.4bザリスキー分解
5.4.5エンリッケス・カステルヌボーの定理
5.5.曲面上の曲線
5.5.1特異曲線上の因子
5.5.2線形系
5.5.3特異曲線上の標準因子
5.5.4曲線の仮想種数
5.5.5ベルティニの定理再論
5.5.6アンプル判定法
5.5.7中井の判定法
5.5.8 P^3内の3次曲面
第6章 多様体論からの準備
6.1.位相空間と可微分多様体
6.1.1多様体
6.1.2特異ホモロジー群
6.1.3単体分割
6.1.4胞体分割
6.1.5マイヤー・ビートリス完全系列
6.1.6直積空間のホモロジー群
6.1.7係数環の拡大
6.1.8コホモロジー群
6.1.9カップ積
6.1.10ポアンカレーの双対定理
6.1.11チェック・コホモロジー群
6.1.12チェック・ホモロジー群
6.2.位相空間上の層
6.2.1層
6.2.2層係数チェック・コホモロジー
6.2.3連接層
6.2.4移入的分解
6.2.5脆弱層
6.2.5b導来関手
6.2.6 Homと Ext
6.2.7高次順像
6.3.スペクトル系列
6.3.1スペクトル系列の定義
6.3.2スペクトル系列の性質
6.3.3スペクトル系列の構成
6.3.42重複体
6.3.5a高次順像再論
6.3.6ルレイ・スペクトル系列
6.4.可微分多様体
6.4.1ド・ラームコホモロジー群
6.4.2ストークスの定理
6.4.3ド・ラームの定理
6.5.複素多様体
6.5.1複素数平面上の微分形式
6.5.2複素多様体上の微分形式
6.5.3ドルボー・コホモロジー
6.5.4複素多様体上の因子
6.5.5 GAGA
6.6.エルミート多様体
6.6.1エルミート計量
6.6.2 .-作用素
6.6.3調和微分形式
6.7.ケーラー多様体
6.7.1ケーラー計量
6.7.2ホッジ分解
6.8.代数多様体の解析的理論
6.8.1複素トーラス
6.8.2ネロン・セベリ群
6.8.3アルバネーゼ写像
6.8.4ファイバー積
6.8.5巡回被覆
6.8.6有限群による商多様体
6.8.7消滅定理
6.8.8凸錐
6.8.9小平次元
6.9.変形理論
6.9.1接ベクトル層
6.9.2小平・スペンサー写像
6.9.3倉西族
6.9.4グラウエルトの定理
6.9.5曲線のモジュライ
6.9.6a普遍被覆
6.10.特性類
6.10.1特性巾級数
6.10.2 P(E)
6.10.3チャーン類
6.10.4スティーフェル・ホイットニー類
第7章 代数曲面の構造
7.1.分類に必要な諸道具
7.1.1曲面の特性量
7.1.2曲面の2重被覆
7.1.3カップ積の交点理論
7.1.4曲面のアルバネーゼ写像
7.2.曲面の孤立特異点
7.2.1曲面の特異点解消
7.2.2孤立特異点の最小特異点解消
7.2.3双対グラフとディンキングラフ
7.2.4 ADEグラフの特徴づけ
7.2.5孤立特異点の例
7.2.6基本サイクル
7.2.7有理特異点
7.2.8商特異点
7.2.9有理2重点の分類
7.3.曲線上のファイバー曲面
7.3.12次元複素トーラス
7.3.2曲線上のファイバー曲面
7.3.3線織面
7.4.有理曲面
7.4.1ヒルツェブルフ曲面
7.4.2例外曲線でない有理曲線を含む曲面
7.4.3カステルヌボーの定理
7.4.4デル・ペッツォ曲面
7.5.楕円曲面
7.5.1特異ファイバーの分類
7.5.2超楕円曲面
7.5.3局所自明な楕円曲面
7.6.エンリッケスの定理
7.6.1幾何学的線織面と超楕円曲面の特徴付け
7.6.2定理7.6.4の証明
7.6.3定理7.6.5の証明
7.7.小平次元0の代数曲面
7.7.1小平次元0の代数曲面の分類
7.7.2 Z^n上の2次形式
7.8. K3曲面
7.8.1 K3曲面の特性量
7.8.2クンマー曲面
7.8.3 K3曲面のモジュライ
7.9.エンリッケス曲面
7.9.1エンリッケス曲面の特性量
7.9.2エンリッケス曲面の楕円曲面構造
7.9.3エンリッケス曲面のモジュライ
7.10.一般型代数曲面
7.10.1一般型代数曲面上の有理曲線
7.10.2多重標準写像
7.10.3標準モデル
7.10.4ネーターの不等式
7.10.5 e(S)>0
7.10.6対称テンソル積
7.10.7 P(E)再論
7.10.8宮岡・ヤウの不等式
参考文献
記号索引
用語索引