考える線形代数 増補版

阿原一志 著
A5判・並製・226頁・2300円+税

大学理工系1,2年生の教科書・参考書。 「やさしい証明は自分で考えなさい」が、本書の目指すところ。 2016年春に入学する「高校新課程」を学んだ新入生に向けて増補版とした。

まえがき

まえがき


 この教科書は大学の初年度の線形代数の授業で実際に使われた授業ノートをまとめ たものである.授業の対象となる学生はほとんどが数学を専攻しない学生であって, 一つ一つの定理の詳細な証明は必ずしも必要でないとの配慮から授業を行っている. 一般教養の数学は「考えることを楽しむ科目」であるはずだとの信念から,最低限の 知識を用いて最大限の練習問題を引き出せるように工夫した.そのため,練習問題は 基礎的な問題からかなり応用的なものまで並ぶこととなった.実際に期末試験に出題 した文章題なども収録してある.
 「ゆとり教育」世代になってから,高校までの知識をあまり仮定できなくなった. 複素数や行列についても,非常に基本的な内容を念のため含めている.また,大学の 数学固有の記号や言葉についても,高等学校での数学との違いをていねいに説明する ことにした.授業の範囲については,大学の初年度ではジョルダン標準形を教えなく なったが,対角化できない行列の行く末を一応知っていることは大切だと思うので, 最後の章に簡単にまとめた.もちろん最小多項式などには触れていないので,数学と しての厳密さはないことを断っておく.
 この本のスタンスは従来の線形代数の教科書とはやや違う.やさしい証明は自分で 考えなさいというのがこの本の目指すところである.解答がなければ勉強できません, と学生に言われる今日この頃であるが,頭を絞って解答を考えることに意味があるの である.散々考えて分からないことは罪ではなく,財産になると思わなければならな い.
 あるとき学生から相談を受けた.
 「数学を楽しいと思えないんですけど.」
 「どうしてでしょう?」
 「たくさん考えても答えがわからないので.」
 「パズルは好きですか?」
 「はい.」
 「パズルは答えがわからなくても面白いでしょう?」
 「はい.」
 「数学も,『考える』ことがおもしろいんですよ.」
 単位を取ることに汲々としていると線形代数の多くの計算は最悪に退屈である.
しかし,わずかの定義とルールから問題を考えることは楽しい.楽しい部分を読者が 汲んでくれることを切望してやまない.
 通常の大学1 年生で習う線形代数の範囲を超える内容も含まれているが,これは, 基本的な線形代数の内容から発展的なものを「見る」ことができることを示すための ものである.そのようなものには*印を付した.*印のついた節や演習問題は必ずし も学習しなければいけないわけではない.
 なお,章末問題の答えは本書にはない.読者にぜひ自分で考えて欲しいからである. ただ,解答例をまったく示さないというのはどうかと思うので,Web を通じて公開中 である.「考える線形代数」で検索すればたどり着けるページを作っておくので参照 されたい.
  2010 年元旦                            著者
増補版にむけて:
 
 2013 年に増刷のお話をいただいた.まことにありがたい話である.この機会にと, 「数学新課程用」に配置や文言を直すことにした.つまり,ベクトルは既習であるが 行列は未知であることを前提とし,行列の基本的な部分を加筆した.
  2013 年 4 月
                                    著者

目次

目次

第1章 ベクトル
1.1 平面(空間) ベクトル
1.2 複素数,複素ベクトル
1.3 ベクトルの和,ベクトルの定数倍,ベクトルの内積
1.4 ベクトルの諸性質

第2章 行列
2.1 行列の演算
2.2 転置行列
2.3 複素共役行列
2.4 随伴行列

第3章 正方行列
3.1 正方行列,単位行列
3.2 逆行列
3.3 対角行列,スカラー行列
3.4 トレース
3.5 べき(冪/巾)

第4章 線形写像,一次変換
4.1 線形写像
4.2 回転・線対称の行列表示
4.3 正射影
4.4 線形写像の性質

第5章 外積
5.1 外積

第6章 行列の基本変形
6.1 基本変形
6.2 掃き出し法
6.3 標準形と階数
6.4 基本変形と逆行列

第7章 一次方程式系の解
7.1 係数行列
7.2 一次方程式系の解

第8章 写像,関係
8.1 写像
8.2 同値関係と商集合

第9章 置換
9.1 置換の定義
9.2 互換,恒等置換,逆置換
9.3 置換の積
9.4 (参考)群とは
9.5 置換の符号
9.6 置換とアミダクジ

第10章 行列式
10.1 行列式の定義
10.2 対角行列の行列式
10.3 転置行列の行列式
10.4 行列式の多重線形性,交代性
10.5 積の行列式
10.6 行列式の特徴づけ
10.7 小行列式,余因子
10.8 行列の展開公式
10.9 余因子行列,逆行列の公式
10.10 クラメルの公式

第11章 線形写像
11.1 線形空間
11.2 線形写像,同型写像

第12章 基底
12.1 線形従属,線形独立
12.2 基底・次元
12.3 基底の取替え写像
12.4 線形写像の基底による表示

第13章 部分線形空間
13.1 部分線形空間
13.2 部分線形空間の演算
13.3 像と核に関する次元の公式
13.4 部分線形空間に関する次元の公式
13.5 線形空間の直和
13.6 線形空間の商空間

第14章 内積・計量
14.1 計量線形空間
14.2 計量に関する性質
14.3 正規直交系
14.4 シュミットの直交化
14.5 直交補空間
14.6 計量同型,直交行列

第15章 固有値と固有ベクトル
15.1 固有値と固有ベクトル
15.2 特性方程式と固有値

第16章 対称行列と2 次曲線
16.1 実対称行列とエルミート行列の対角化
16.2 2次曲線の標準形
16.3 2次曲面の標準形

第17章 ジョルダン標準形
17.1 ジョルダン細胞
17.2 ジョルダン標準形を求める手順