数学の杜3 代数群と軌道
太田琢也・西山享 著
A5判・上製・440頁・定価7000円+税
代数群の基本的性質からはじめて, その代数多様体への作用や,
群の軌道と商多様体などについて多くを交えながら, 解説した
代数群の入門書である.
まえがき
本書は,代数群の基本的な性質からはじめて,その代数多様体への作用や,群
の軌道と商多様体などについて,多くの例を交えながら解説した代数群の理論の
入門書である.なるべく他の文献を参照しないですむように自己完結的な記述を
目指したが,大学の学部3年生程度までの線型代数や微積分,代数学(群・環・体),
微分可能多様体の理論の初歩などは,ある程度仮定せざるを得なかった.これらは
本文中でも適宜解説を加えているが,あらかじめ慣れ親しんでいることが望ましい.
また,代数群論を展開するにあたって,リー環論の基礎的事項を多々用いたが,
佐武[54]のような良書もあることでもあり,簡単な復習だけをして,証明を与えな
かった.第6章以降はリー環論を多用するので,読者は,ある程度リー環論を学んだ
うえで第6章以降を読むとより理解が進むだろう.
本書で扱う代数群は,一般に「線型代数群」とか「アフィン代数群」とかよば
れているもので,ひらたく言えば,多項式で定義されているような行列群である.
一般線型群や直交群,斜交群(シンプレクティック群)といった,古典群とよば
れている行列群がその代表的なものだが,もちろん簡約群,冪零群や可解群,
トーラスなどの一般の群もあつかう.これらの行列群は,それ自身が研究の対象
でもあるが,数学や物理の理論の至るところに現れ,幅広い応用がある.
代数群とリー群とは大きな重なりを持つものの,少し異なった性格を持つ.実
際のところ,複素数体上で考えるならば代数群はリー群の一種であるが,直感的
にいうとリー群の方が「柔らかく」いろいろ融通が利く.代数群は,多項式で定
義されることから剛性が高く,それゆえに代数群においてはリー群の場合よりも
強い事実が成り立つ.
本書では,主に著者たちの興味が複素数体(あるいは実数体)上の代数群にあ
るため,基礎体を複素数体にして論じている.複素数体上の代数群では指数写像
を介してリー環の理論も使いやすいし,微分や接空間なども自然に定義すること
ができる.
さて,内容についてもう少し詳しく説明しよう.
まず,序章には,多くの読者にあまり馴染みがないと思われる代数幾何学の基本
的な事項への入門をおいた.「代数多様体」というと難しく聞こえるが,要するに
多項式による連立方程式で決まる図形のことである.この入門は,そのような直感
的な視点で書かれているが,難しく感じられる方は,とりあえず第2章以降に
読み進み,記号や基本的な定義を必要に応じて参照していただければよいと思う.
第2章からが本論で,最初に線型代数群の定義といくつかの性質,簡約性につ
いて述べた後,第3章では具体的な例として,一般線型群とその表現論(最高ウェ
イト理論)について述べる.
第4章と第5章では,代数群の代数多様体への作用について述べる.ここで登
場するのは,群軌道や様々な商空間(軌道空間・アフィン商・圏論的商・幾何学
商)である.具体例として,射影空間やグラスマン多様体,主ファイバー束などに
ついても述べる.ここで,とりわけ重要なのが代数群の閉部分群による商空間が
代数多様体の構造をもつという,商の存在定理である.既に定評ある代数群の教
科書の著者達も,この定理を自己完結的に証明するために苦労したように思われ
る.本書ではZariskiの主定理を用いた証明を与えた.
第6章はリー環論を代数群論に援用するための準備である.代数群の簡約性に
ついては様々な同値な条件があるが,これらの同値性を証明するためのリー環論
における準備が第7章で与えられる.特に,Jacobson-Morozovの定理を解説す
ると共に,この定理が成立するための条件(JM条件)の表現論的位置づけについ
て述べる.
第8章では,代数群やそのリー環においてジョルダン分解が定まり,表現に関
して普遍的となることについて述べる.ジョルダン分解の存在が,代数群論にお
いて強力な手法を与えることとなる.
第9章は,第10章以降の準備である.ここでは,代数群論において重要な部分群
と,そのリー環について解説する.
第10章では,代数群の簡約性に同値な様々な条件について解説する.ここで,
「任意の表現が完全可約である」ことと「冪単根基が自明である」ことの同値性が
証明される.この同値性の橋渡しをするのが JM条件である.Jacobson-Morozovの
定理は,半単純リー環の「任意の冪零元がsl2-tripleに埋め込める」(この条件を
JM条件という)ことを主張するが,じつは,リー環がこの条件を満たすような代数
群が簡約代数群なのである.さらに JM条件を介して,トレース形式の非退化性に
よる簡約性の判定法(キリング形式によるリー環の半単純性の判定法の代数群版)
を与えると共に,コンパクトな実型をもつ複素線型リー群が簡約代数群である
ことを解説した.また,松島の定理は簡約代数群の閉部分群が簡約になるための
必要十分条件を与えるが,上記の簡約性に関する考察のもとに,この定理の証明
が比較的容易に与えられることが分かったので,この証明も解説することにした.
第11章では,ボレルの固定点定理とボレル部分群の基本的な性質を論じる.グ
ラスマン多様体を一般化した旗多様体とボレル部分群との関係,ボレルの正規化
定理,ボレル部分群と極大トーラスの共役性など,この章で扱う話題は多く,ど
れも基本的であって,しかも奥が深い.
第12章以降は,ほぼ独立したトピックスであり,第11章までの理論を用いて
何ができるかを例で示したものと言える.第12章では,漸近錐と零ファイバーの
話題,第13章と第14章はリー環や次数つきリー環の隨伴商の話題,そして第15章
で古典型リー環と対称対の冪零軌道の幾何学について論じる.
本文中に用いる高度な代数幾何の定理などは第16章に附録としてまとめてあ
る.この章もほぼ自己完結しているが,ある程度,本文を読み進んだ後でないと
難しいかもしれない.ここで扱われている話題は,有限射・支配的写像・接空間
や非特異点・正規性などであるが,とくに最後のZariskiの主定理は,本文中でも
繰り返し用いられており,重要である.この定理については,可換環論の比較的
よく知られた事実に基づく証明を与えた.
本書で中心的な働きをするアフィン商はもともと群作用による不変式環を用い
て定義され,不変式論と深いつながりを持っている.しかし,ページ数の関係で
不変式の個別かつ具体的な理論に踏み込む余裕がなかったことが心残りである.
本書を執筆するにあたっては,さまざまな文献を参考にした.ここでひとつひ
とつの文献をあげることはしないが,巻末に参考文献としてまとめてある.これ
ら先達の知恵と素晴らしい遺産に感謝したい.
著者の一方の恩師である堀田良之先生にはZariskiの主定理の周辺のことにつ
いて質問させていただき,大変貴重なご意見を頂戴した.また,本書がある程度
完成した段階でお読み頂き,誤りを指摘していただくとともに,ここでも貴重な
ご意見を頂戴した.また,日頃親しくしていただいている関口次郎先生には,原
稿を詳細に読んでいただいて独自の視点から重要な指摘を頂戴した.両先生にこ
の場をかりてお礼を申し上げたい.
2014年12月 著者記す