数学の杜1 指数型可解リー群のユニタリ表現─軌道の方法
藤原英徳 著
関口次郎・西山 享・山下 博 編
A5判・上製・352頁・6000円+税
大学4年生、院生以上の専門書シリーズ第1巻。全12冊程度の予定。
まえがき
この本においては可解リー群のユニタリ表現の周辺にいくつかの話題を取り上
げ,その現状と将来の展望および問題点などを例題を中心に述べてみたい.1970
年代初頭 Auslander-Kostant[3]は軌道の方法を用いて,連結かつ単連結な I 型
可解リー群のユニタリ双対を構成することに成功し,この結果は Pukanszky に
より非 I 型の可解リー群に拡張された.これらの仕事は可解リー群の表現論にお
ける画期的な成果である.ただ,正則誘導表現やその応用を詳しく研究すること
は今でも困難である.
たとえば,誘導表現や制限された表現について,既約分解し,繋絡作用素
(intertwining operator) を構成し,また関連する不変微分作用素環を調べたい.
このような状況に直面すると,たとえ指数型可解リー群の場合ですら,我々はご
くわずかなことしか知らない.より多くの道具を手にできるのは冪零リー群に対
してのみである.リー群の表現論は半単純リー群と可解リー群の間でかなり異
なった様相を見せている. 半単純リー群の豊富な代数構造は多くの研究材料と結
果を提供し,可解リー群の貧弱な構造はさまざまな場面で帰納法を唯一の有効な
証明手段としている.いずれにしても可解リー群のユニタリ表現論において軌道
の方法が非常に実り多いことは疑いのないところである.既約ユニタリ表現に余
随伴軌道を対応させるという Kirillov の革新的なアイデアはその価値ある成果
の数々を誇っているように見える.それはMackey 理論の可解リー群への見事な応
用であるが,ひとたびこの枠組みが採用されると,解析学における多くの対象物
を余随伴軌道の代数的または幾何的性質を用いて研究することができる.
筆者は1970 年代以来長い間軌道の方法を学んできた.この間,例えば冪零
リー群に対してはかなり道具が整ってきたようであるが,反面正則誘導表現の周
辺はほとんど未開拓の感じが強い.したがってこの本の内容も指数型可解リー群,
特に冪零リー群に対する解析が主である.しかし,指数型可解リー群の枠を超え
て探求を進めようとすれば,必然的に正則誘導表現と向き合わざるをえない.こ
の意味であえてAuslander-Kostant 理論を最初に紹介した.今後の重要な研究
対象であると信じるがゆえである.
第1 章は可解リー群のユニタリ表現を扱うための準備である.杉浦先生の本
[84] に従って,第2 章以降必要となるであろうリー群とリー環の一般的知識を述
べた.
第2 章では,軌道の方法の根底にあるMackey 理論を彼の講義録[72] に沿っ
て説明する.
第3 章はいわば本書の中心であり,指数型可解リー群に対する軌道の方法を詳
述している.道筋としては極小非中心イデアルを利用してMackey 理論に持ち
込む.
第4 章以下は筆者が取り組んできた話題を紹介してみたい.話題の配列は必ず
しも筆者の研究生活の時系列に沿ったものではないが,いずれの話題も互いに密
接に関連している.第4 章においてはまず指数型可解リー群に対し,単項表現の
既約分解および既約表現の部分群への制限の既約分解を軌道の言葉で記述する.
第5 章においてはCorwin-Geenleaf [22] において冪零リー群に対して導入さ
れ,不変微分作用素の研究において非常に有用であるe-中心元について調べる.
第6 章は単項表現に対するFrobenius の相互律を超関数版で考察する.
第7 章では単項表現に対する抽象的Plancherel 公式を軌道の方法により具体
的に記述する.多くの例を調べることによりそのメカニズムを理解したい.
第8 章では群の単項表現に関し,いわゆるDuflo およびCorwin-Geenleaf の
可換性予想を証明する.この可換性予想は最後の第9 章において表現の制限に関
する主張に翻訳される.
この本の内容は専門的であり,読者としては若い研究者,研究者を志す大学院
生および学部学生を想定している.また,予備知識としてリー群論,リー環論
および表現論の初歩を仮定している.一般に帰納法による証明は場合分けなど似
たような長い証明となることが多い.したがって場合によっては概略を示すに止
めた.またあまりに準備を要する証明は割愛せざるを得なかった.
最後に.リー群論・リー環論および表現論に関する多くのテキストが存在する
中,この本の内容に関連する参考書をいくつか挙げておく.一般的な位相群の表
現論関連で[26], [62], [72].冪零リー群の表現論に関し[21], [78].可解リー群の
表現論について[4], [14], [65](ただし[65] の主要部分は本書第3 章の定理3.62
の証明に充てられていて非常に専門的である).さらにリー環の普遍包絡環に関し
て[27],軌道の方法に関して[63] がある.また,群の表現論に関する日本語のテ
キストとしては[56], [57],[64] がある.
本書を準備するに当たっては平井武先生と西山享氏に言葉に尽くせないほどお
世話になった.つたない原稿が現在の形をもったのは,お二人からいただいた無
数ともいえるご指摘のおかげである.感謝の言葉も見当たりません.
拙著は「数学の杜」シリーズの一冊である.執筆をお勧めいただいた編者の
方々および出版にあたってお世話いただいた数学書房の横山伸氏に心より感謝申
し上げます.
2010 年8 月
著者