テキスト理系の数学6 位相空間
神保秀一・本多尚文 著
A5判・並製・240頁・2400円+税
まえがき
数学は, 数や図形や方程式などの性質を一般的に研究する学問ということが
できる. また物理や工学の問題への応用を意識した研究領域もある. そこには
研究対象や手法によって様々に異なる分野がある. 解析学あるいは解析的な手
法を用いる分野では, 無限や連続といった性質をもち, 非常に複雑で日常の感
覚やイメージだけでは正しく捉えられないような対象を扱う1). このような“
手強い” 相手に正しい議論や推論を行うためには, 数学的に明確に定義された
記号や言葉の枠組みが必要となる.
集合や位相空間の科目はこうした必要によって生まれたものといえる. 大学
初年級までは, いわば目に見える対象(図形や関数や数式) を, 具体的, 個別的
に調べることがほとんどである. このため多少あいまいに言葉や用語を使って
も混乱や誤謬が生じないことが普通である. しかし, 上級の数学分野では抽象
的で高度なものを扱うため, 様々な専門用語や概念と運用の作法を身につける
必要がある. 集合, 写像, 位相の扱い方などは, このような基礎的な数学能力の
ひとつである.
本書では集合と位相空間の初歩から出発して基本事項を解説していく. 特に
解析学や幾何学やその応用分野でよく用いられる距離空間や連続写像やその性
質について論述する. 点列, 完備性, 部分集合のコンパクト性の議論などを重
点的に扱い, 応用として関数族や集合族などについて, その位相的な側面を習
得することを目標とする. 例題や演習を多く取り入れ重要な定理や命題を活用
する力も養う.
予備知識としては高校までの数学のほか大学初年級で学ぶ微分積分学が必要
となる. また解析入門で学ぶε-δ 論法について習得しているとより大きな助
けになる. なぜならそこに位相の概念や議論の基本のほとんどが含まれている
からである.
集合や位相の学習は, 新しい概念や言葉の習得とともに多数の重要な例を知
る機会である. それをしっかり学ぶことで正しいイメージと思考法をもって高
度な数学に進むことができる. ただし, あまり堅く身構えて臨まなくてよい. 時
間をかけてじっくり前進することで自然に力が身に付いてくる.
本書の内容は, 北海道大学理学部数学科の1〜2 学年における数学の入門科
目や集合と位相に関する講義に相当する(第 5 章を除いて). 第 1 章は, 集合,
写像, 条件やそれらの演算などについて記号や用語や計算を扱った. この部分
は位相空間に限らず専門のどの数学分野の基礎でもある. 第 2 章はユークリッ
ド空間と距離空間の位相について一般論を記述した. 専門分野で扱われる代表
的な位相空間の多くは距離空間となるので, 実用的な知識の多くはここで得ら
れる. ただし, 開被覆の枠組みによるコンパクト性や, 分離性や可分など位相
の込み入った話は 4 章に回した. 第 3 章では同値関係, 順序関係を扱った. こ
れらの構造を伴う集合に関する議論の枠組みを与えた. また同値類や濃度や順
序関係などの基本を論述した. 章の後半では選択公理, ツォルンの補題, 整列
定理などを記述した. 第 4 章では一般の位相空間の基本的な用語や性質を中心
に論述した. 2 章〜4 章では章の最後の方の2, 3 節は高度な部分を含むため星
印を付した. この部分は後回しにしてもその後の章を読むのにあまり支障はな
い. 第 5 章は位相空間の基本的な事実を適用してできる課題を扱った. 位相空
間の応用を目的としているので不自然な解き方をしているかもしれない. この点
はご容赦願いたい. 付録の章では実数や級数の性質に関する基礎を述べ, ひと
とおり説明した. 必要に応じて参照されたい. 予備知識があまりなくても意欲
があれば独学で読み進められるよう全般に平易な記述や説明を心がけた. 本書
が多くの学生諸君の助けとなることを祈願する.
著者一同