日本の現代数学 ──新しい展開をめざして
小川卓克・斎藤 毅・中島 啓 編
四六判・並製・256頁・2700円+税
若手研究者を中心に12人の数学者が,自分の研究テーマ・分野について過去・現在・未来を語る.
まえがき
『日本の現代数学』という本を企画しています,と数学書房の
横山さんから相談を受けたのは,もう二年以上前のことになる.
『数学ミナー』の92 年四月号に,そのような特集があったが,そ
の後の日本の数学のいろいろな分野の進展を,若い人に書いても
らいたいというのが,最初の計画であったように記憶している.
私は,二つの点が気になった.
まず,はたして企画通りに原稿を書いてもらえるか,というこ
とである.社会から離れて象牙の塔にひきこもっているといわれ
る学者であるが,その中でも数学者は特に独立性が高い.人のい
うことは聞かない,聞きたくないというのが,普通の数学者の気
持ちだ.というか,人のいうことを聞いていては,新しい数学の
研究ができるはずがないし,共同研究の人数も他の分野よりずっ
と少ない.そういう人たちにテーマを決めて原稿を依頼しても,
その通りに書いてくれるとは思えなかった.特に,他の数学者の
研究を手際よく紹介する,なんてことができる人が,そういると
は考えられなかった.
何回かのメールのやりとりのあと,この点は,執筆者に個人的
な体験を基に書いてもらうように依頼する,ということに落ち着
いた.そして,その分,執筆者を選ぶときに,おもしろい研究を
している若い人をよく吟味して選んだ.忙しい人が多く,お引き
受けいただけなかった方がいたのは残念なことであったが,少な
いながらもいい原稿が集まったように思う.
次に,なぜ「日本の」現代数学なのか?なぜ,国を限定して
いるのか,いうことが気になった.日本の大学に勤務して,参加
するセミナーは,日本人の講演者が大多数であるが,自分が研究
している数学が,日本のものであるのか,アメリカのものである
のか,はたまた中国のものなのか,そんなことを意識することは
まったくない.というか,そんなふうに分けることなど,できる
はずもない.納得はいかなかったが,結局横山さんの最初の計画
通りに,「日本の現代数学」をタイトルにすることになった.
しかし,できあがったものを通して読んでみると,たしかに日
本人の数学者の業績の紹介が中心になった.日本人が個人の経験
を基に執筆しているのだから,あたりまえといえばあたりまえで
ある..
この本では,数学のすべての分野が網羅されているわけではな
い.そういう意味で,これから研究テーマを見つけようと思って
いる読者のガイドにはならない.しかし,数学の研究が人間的な
活動としてどのように行われているのか,舞台裏のようなものが
紹介されているので,もう少し広い意味で,読者の方にいい紹介
になっているのではないか,と思っている.数学の研究が楽しい,
ということが,少しでも読者の方に伝われば,望外のよろこびで
ある.
2009 年8 月
中島 啓